卑屈な人間の生きる道

こんにちは。むさしです。

少し意外な発見があったので、お伝えしていきたいと思います。

 

私と関わったことがある方ならご存知かもしれませんが、私はかなりの”卑屈”な人間です。人の成長を羨むような、人の失敗を陰ながら願うようなそんな人間なわけです。

 

Facebookのキラキラした投稿や誰かの成功談が耳に飛び込んできた日には、表向きはニコニコしていたり平静を装っていますが、内心ムカついたり反骨心がメラメラと沸き上がったりしているわけです。

あんまり言ってないですけど、それが私です。

 

でもね、昨年からいろいろなご縁で(またそこはおいおい話しますね)コーチングやトレーナーみたいなことをやらせていただいて、そこで様々な人の自己実現する瞬間に携わってきたわけです。

 

そこで自分でもびっくりするような感情の変化というか気づきがあったんですよ。

 

それは、”全ての人の不幸や失敗を祈っているわけではない”ということ。

 

この前、私の幼稚園からの幼馴染が兼ねてより夢だった”料理教室を開く”ということを私が主催したイベントでマッチングが起きて、実現したんですよね。

 

そのアップされたFacebookの投稿をみたときまず思ったのが、”羨ましいなぁ”という感覚でした。

 

なんか自分の中での情熱やキラキラしたものがあって、その情熱に忠実になり、真摯に向き合い、自己実現を達成した。そんな彼女が羨ましく思ったんです。多分、自分は置いていかれたくなかった、自分にもそんなものが欲しい、と心の中で思っていたのだと思います。

 

そして、そのあと私は彼女に電話をしたわけです。

「おめでとう! よかったね!!」という言葉をいいたくて。

この言葉を言うまでは私の心情はこんな感じでした。

 

1)本音でおめでとう! 5割

2)うらやましい/妬ましい 3割

3)俺のイベントで実現したんだぞ! 2割

 

ね、卑屈な人間だと思うでしょう 笑

 

でもさ、彼女と電話して声を聞いた時にいろいろな思いが吹っ飛んで、本音のおめでとう、しか出てこなかったんですよ。

卑屈な自分も不幸になれと願う自分もそこには全然いなかった。

あるのは、もっともっと自己実現に協力したい、携わりたいという思いだった。彼女の自己実現で自分の心が満たされた気がしたんですね。

 

そこには、”貢献感”みたいなのが大きかったと思います。

なにもせず、彼女の自己実現話を聞くだけでは卑屈な人間が出てきただけだったと思います。

 

だから、落ち着いて考えてみると、不思議だなぁって思ったわけです。

これは私みたいな卑屈な人間のパターンなので心清らかなみなさまには当てはまらないかもしれませんが、

 

「他人や知り合いの自己実現には卑屈な自分が登場するのに、自分がその自己実現に携われた場合や協力できた場合は最高に嬉しい」

 

こんなことが自分の中で判明したわけですね。

うん、本当に不思議な感覚です。自分がその自己実現に関われただけで、そんな気分になれるなんて。

 

だから、私みたいな卑屈な人間がいるのであれば、そしてそんな卑屈な塊で人の失敗を願ってしまう人間がもしいるのであれば、

 

”誰かの自己実現をサポート”

 

してみてくださいよ。自分がそこにいなかったらこいつ自己実現できなかっただろ、みたいな感覚でもいいですよ。そんな自己重要感を満たす感覚でもなんでもいいから誰かの自己実現をサポートしてみてくださいよ。

 

もしかしたら、あなたはまた違った感覚を味わえるかもしれない。

 

 

自分が好きなことでいい。

自分ができることでいい。

 

そんなことでいいから、誰かの自己実現に自分の好きでサポートしてみてくださいよ。その人が起こした自己実現は自分の喜びと幸せと実績になる。そして、面白いのはその自己実現は連鎖していくんですよね。

 

あなたのやりたいことやしたいこと、情熱はわからないけど。

もしかしたら見つかってないかもしれないけど。

周りの友達や知人が進んでいってしまう姿は少し寂しいと感じることもあるかもしれないけど。

 

それでも、卑屈なあなたはその人の自己実現をサポートしてあげてください。自己実現を手伝ってくれた人の数だけあなたの情熱が見つかった時、困った時に助けてくれます。

 

卑屈な人間の生きる道。

それは意外にも”貢献”することから始まる気がします。

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