美意識の追求(2018年3月 自分道カフェ)

【2018年3月レポート】
美意識の追求(第24回)

日時:3月18日(日)10:00〜12:00
場所:東京ENGAWA
参加者:小沢さん、木之下さん、倉藤さん、塩島さん、山本さん、秋山さん、高橋さん、田代さん、宮本


こんにちは! 宮本伸男です。
今月も3月度の自分道カフェを開催させていただきました。

毎回第3週の日曜日の朝10時。
遠くは山梨からも参加いただき、今回は香川からの夜行バスでそのまま参加いただいた方もいました。

本当にみなさんに参加いただける場所となっていることが嬉しいです^^

さて、今回は3つのテーマでお話しました。

1)うさんくさい

2)美意識

3)お金

それぞれのテーマでいろいろな学びや気づきがあったのですが、今回は”美意識”について書いていこうと思います。

美意識、というテーマになったのは自分道カフェの始まる前、ちょっとした雑談の中である一冊の本をみなさんに紹介したことがきっかけでした。

その本の名前は

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?
経営における「アート」と「サイエンス」

[山口 周]の世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?~経営における「アート」と「サイエンス」~ (光文社新書)

https://www.amazon.co.jp/dp/B073S1RJX2/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

というもの。
私の知人の3名に同時に勧められたのがこの本だったので最近読み進めています、という話しをしたところ、「美意識」ってそもそも何? という形でテーマの一つになりました。

今回も美意識、に対して様々な意見がありました。

  • 自分が美しいと思っていても人から見たときに美しいとは限らない
  • 美意識とは自分の中で追い求められるもの
  • こだわり
  • 哲学
  • 造形美
  • 女性は美意識とか重要   ・・・etc

最後にもあるように、確かに意識としては女性の方が”美意識”という言葉に触れる機会が多いのかもしれません。

また、初参加の高橋さんがおっしゃられた「美意識とは人から見られた自分をどう考えるのか、ということ」というのは客観よりも主観で考えていた私にはない意見だなーって感じました。女性は共感する方も多いのかな? 新しい視点です。

そもそも美意識ってその言葉の中に”美”という文字が含まれています。美を辞書で調べてみるとこのような意味が。

  1. 外形がりっぱできれい。うつくしい。
  2. 内容がりっぱ。みごと。よい。「有終の美」
  3. よしとする。ほめる。よみする。
  4. 哲学で、感性と理性との調和統一に対する純粋な感情を起こすもの。「美学・美意識・真善美・耽美(たんび)」

なんと。
美意識という言葉自体が辞書に載っています。ここには美意識は哲学が関係している感じ。

《感性と理性との調和統一に対する純粋な感情》

 

・・・やばい、何を言っているのかよくわかりません。

一つ一つ読み解いてみます。感性というのはその名の通り、私たちが感じる性(さが)ということになります。

綺麗だなぁ、楽しいなぁ、面白いなぁ、つまらないなぁ、ムカつくなぁ

これらは全て感性と呼んでもいいでしょう。

一方で、理性とはなにか。

昔、イチローがバリバリとメジャーでヒットを量産していくのをみて、「あなた天才ですね!」と記者が声をかけたと言います。

しかし、イチローはこう答えました。

「いいえ、僕は天才ではありません。なぜなら、打てた理由を理論的に全て説明できるからです」

なるほど。
つまり理性というのはロジカルやサイエンスで説明がつくもの。

そして、ロジカルでありサイエンスであるものは再現性が高いということ。
これは、「感性」ではなく「理性」に近いものなのだと思います。

さてさて、戻りますと、
「理性」と「感性」に統一性がもたらせると哲学の世界では”美しい”となるようです。
もっと噛み砕いていえば、
感性くん「これ、なんかよくわかんないけど素晴らしいよね!」 に対して、
理性くん「その理由は〜〜〜〜で〜〜〜だから素晴らしいという考えになるんだよ」
という状態が”美しい”ということみたいです。
あくまでも、辞書の世界では。
ということで、辞書の話では私自身はさっぱりわからないので、自分なりの美意識を語っていきたいと思います。
(最初からそうすればよかった 笑)
自分道カフェでもお話しさせていただいたのですが、『美しい』と感じるものって本当に人それぞれなのかなぁとも思っていて。
例えば、目の前に一枚の絵画があるとして。
この絵画を見たときに、Aという人が「素晴らしい絵画だ!」っていうかもしれないけど、一方のBさんは「そうかな?」って思ったりもする。
最近は私も二木さんに同行いただき美術館で絵を見ていますが、
「この絵がすごいんだ!」みたいな感じだったとしても、
「へー」くらいしか思わなかったりするわけです。
でも、あの美術館に並んでいる絵画はどれも素晴らしいもの(だと言われている)ものであり、世間一般でいえば”美しいもの”という部類に入ることになる。
じゃあ、自分の美意識って間違っているのか? と問われれば、「いや、俺には俺の見方があるんだ!!」と声を大にして主張したくもなるわけですよね 笑
私は「シンプル」なものが美しいと感じたりします。
シンプルというのはミニマルとは少し違っていて。
複雑そうに見えたり、色々と試行錯誤の上、導きだされた答えや結果なんかが「美しい」と感じるわけです。
例えば、グーグルの検索エンジンは美しいと思います。
一つの窓。でも、そこに検索ワードを入れることはどんな人でもわかります。
グーグルのことだからYahooのの検索エンジンみたいに色々なことができたはず。
でも、敢えてそれをやらない。 しかし、あの検索窓の向こう側では複雑で高度なシステムが動いているわけです。
そういうものに非常に興奮します 笑
しかし、そういうシンプルなものって、使う側からすれば
”シンプルであるかどうかすらわからない”
と思います。
だからこそ、私はその「コンセプト」が好きだったりするんですよね。
こういう想いを持ってこれを作ったんだ! これが私の表現だ!
というのがすごく好きですし、その完成品が美しい、と思ったりします。
あ、なんかここまで書いていてびっくりしたんですが、さっきの”美”という辞書の話。
《感性と理性が調和統一したときの感情》
これって私の美しいと感じることがまさしくそうかも・・・。
コンセプトが感性だとしたら、それを実現したもの(理性/ロジカルやサイエンス)と触れたとき、私は単純に美しいと思うのかもしれません。
でもでも、そう考えると”美意識”っていうのはその”美しい”というものの”意識”ということになります。
美しい、とは目の前にあるものから先を見据えた本質や洗練されたもの、積み重なってきたものを表現したものに触れたとき、がそうなのだとすれば、
『その本質や洗練されている部分、積み重ねられたものに触れようとする意識』 こそが私にとっての美意識、となります。
例えば、先ほどの美術館の話。
「この絵画はよくわからんなぁ・・・」
これってパッと見ただけだとそれで終わりなんですけど、私の中では美意識というのはさらにもう一歩先のことなのかもしれません。
「この絵画はよくわからんなぁ・・・。」
 ↓
「この作者はどのような意図やコンセプトで書いたのだろう?」
「この作品は何年前の作品なんだ?」
「ここに展示されるまでにどれほどのことがあったのだろう」
と目の前の事象や結果に対して、その奥を知ろうとすることや価値ある部分を見極めようとする意識のことを”美意識”というのではないかと。
結構、私とかもそうなんですけど、目の前の事象やアウトプットを単純に受け止めて終わりにすることがたくさんあります。
でも、もしかしたらその先だったり、深く掘った先に”本質”って隠れていたりするかもしれないですよね。
うーん、そう考えると世の中は”美しい”ものに集約されていく気がするなぁ。
法律や規制を超えて、地球や世界が求める”美しい”ものに様々な事柄は集約されていく気がする。
それこそが本質や真理なのかもしれませんし、哲学の存在意義なのでしょうね。
なんか今回も散文になっちゃったなぁ。申し訳ないです。
美意識に対する私なりの結論です!
美意識とは、
「物事や事象の本質や背景、真理を求める意識のこと」
としたいと思います!
次は、2018年4月15日開催!
みなさんの参加をお待ちしています^^

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