特技は受け入れることから作られ始める。(2018年4月度 自分道カフェ)

日時:4月16日(日)10:00〜12:00
場所:東京ENGAWA
参加者:原田さん、山本さん、小沢さん、二木俊行さん、田代さん、多和田さん、二木景子さん、木之下さん、山下さん、【海津さん】、【宮本】
※【 】はファシリテータ

こんにちは。のぶりんです。

最近は、場所や状況、会う人たちによって

「のぶりん」「みやもん」「宮本」を使い分けてます。

自分道カフェでは投票の結果、「のぶりん」でいかせてもらいます !

さて、今月も11人参加で、実に多くの方にご参加をいただきました。

初参加の方も3人!

参加者のお仕事を振り返ってみると、栄養士からエンジニア、柔道整復師に建築関係・・・

本当に色々な方が参加されていますね。

自分道カフェの魅力のひとつはこんなところのなのかも。

普段のお仕事や日常では交わることのない職業やお仕事の方々とお話ができる。

色々な考え方や価値観を受け取ることができる。

生まれた場所も住んでいる場所も多種多様。

それでも同じテーマについて話すことができる。

それが自分道カフェの魅力ですよね。

今回は人数も多かったので、2つのグループに分けさせていただきました!

一方のテーブルは海津さんがファシリテート。

はっきり言います。

ウルサイ! くらいに盛り上がってました 笑

会議室取って良かった!! 笑

そしてそこまで白熱して良かった!!

それぞれのテーブルでテーマについても考えてもらいました。

海津さんのチームは、”将来性”と”死”について話していたみたいです。

”死”というテーマからスピリチュアルな世界まで話されていたみたいで、魂は存在するか? という議論はお昼休みまで続いてました 笑

落ち着いた感じの? こちらのテーブルでは、以下のテーマについて話しました。

『親友と友達の境目』

『特技』

『成長』

どのテーマも非常に深いところまで話したのですが、今回は

『特技』

について私個人として書いていきたいと思います。

特技、というテーマを挙げたのは山下さん。

「履歴書とか誰かに話すときに”特技”ってあると思うけど、みんなどんなことを書きますか? 特技ってそもそもなんだと思います?」

という提議でした。

確かにありふれた言葉のようで、いざ”特技”ってどういうものかという定義については考えたことがなかった気がします。

みなさんは特技という言葉とはなんだと思いますか?

カフェの中でも今回も色々な意見が挙がりました。

特技とは・・・

・自分の好きなこと

・自分が得意なこと

・周りから教えてもらって気づくこと

・好きじゃないけどできることだったりもする

などなどのご意見をいただきました。

どの意見もなるほどーって思います。

特に周りから教えてもらって気づくこと、自分の好きなこと、とかってのはなんか私の考えにも近い気がする。

というよりもその二つの掛け合わせたものが”特技”なんじゃないかなって思ったりもしたんですよね。

お仕事しながらご自身でcoro coroというサービスを立ち上げられている木之下さんがこんな素晴らしい例を自分道カフェで挙げてくれたんです。

「私の特技はハンドメイドだって思ってる!

 私は昔から何かを作るのが好きだったんだよね。

 で、ある時に暇だったから画用紙に適当に絵を描いていたらその絵をみた知人が”すごい! これ才能だね!”って言ってくれた。

 ”才能だね!”って言ってもらえた時、私自身は絵を描くことが才能だなんて思ってなかったから結構嬉しくって。こんなのが才能なの?って思ったりもした。

 でも、『絵を書くこと』が才能なら『何かを作ること』が好きだったからこれを組み合わせて”ハンドメイド”のサービスを始めようと思ったんだよね。

 コースターやお皿に自分で絵を描いてハンドメイドのお店で販売して、喜んでもらえたり、買ってもらえたりする。

 これって特技だなって思うな」

うん、これがまさに私も特技だと思います。

私は前から内的価値の重要性を色々な形で伝えるお仕事をしています。

内的価値(自分が持っている価値)の一つに”情熱”、そして”才能”があるんですよね。

自分の好き(情熱) と 得意なこと(才能)

これが掛け合わせてできあがるのが”特技”なんじゃないかなって思うんですよ。

『好きこそものの上手なれ』って言葉ありますよね。

でも、正直なところ、好きだけでは上手にはなれない場合もあるんじゃないか、とも思ったりするわけです。

好きなことや情熱は情熱でいいと思うけど、

「これが”特技”です!」

とまで言い切るためには、”私だけ”がこれを特技だと思っている状況って意外と少ない気がしていて。

だって特技っていうからには私個人は他人や世間と比較してしまうわけです。

なおみさんの例もそうだと思っていて。

ハンドメイドを特技と言い切るからには他者や世間と比較した瞬間や”他者から認めてもらえた瞬間”ってきっとあった気がするんです。

描いた絵を才能だと言ってもらえた瞬間や自分が作ったものが売れた瞬間ってのはまさにそうだったと思うんですよね。

つまり、特技になるためには好きなことに加えて他者からのプラス評価が必要だと思うんです。

よく私の周りには自分の才能とかできること、自分の価値について悩まれる方が相談に訪れます。

特技とかを探したり、会社や組織ではなく、”社会に通用するもの”を求める人がたくさんくるんです。

そして、求めるというかそれを作ろうとする人がすごく多い気もしていて。

でも、実は毎回思うことがあって。

「いやいや、もう持ってますよね」って。

 あなたの好きなことって何ですか?

 あなたが得意なことって何ですか?

って聞くんです。

でも大体の人がこう言います。

「好きなことって・・・」

「得意なことがないから相談に来たんですよ・・・ 」

とかって。

でもこれって圧倒的に自分のこと知らないだけだと思います。

もちろん、さっき書いたように特技は他者からのプラスの評価は必要だと思うので、自分一人ではなかなか見つけられないものかもしれません。

他の人からのフィードバックが必要だとも思います。

でも、そのことも含めて自分のことを知らないだけなんじゃないかなって思ったりもするんです。

そして・・・

ここまで書いてここは声を大にして言いたいことができたのですが・・・

何よりも特技を言い切れる木之下さんと

特技で悩む方の最大の違い

それは・・

”他者のフィードバックや評価を最大限に受け止められるか” 

な気がします!

これが才能だよね! とか

こんなところがすごいよね! とか

そう誰かに言ってもらえた時に、

「えー、全然違うよー」って。

それが対外的な謙遜だったら全然いいと思うんですけど、その発言をもし本気で思って言ってるとしたら、その人は特技には一生気付かないんじゃないかなって思うんです。

だって木之下さんだって

「絵を描くの才能だよね!」

って言ってもらえた時に、素直に”これ才能なんだ!”って思えたから好きなことと組み合わせてハンドメイドっていう特技になったんですよね。

自分の才能とか得意なことって”自分では当たり前にやりすぎてる”から自分ではわからないのは当然だと思っていて。

気付くのは誰かのフィードバック(評価)しかない。

でも、特技がないっていってる人はこのフィードバックをスルーしてる。認めない。逃げる。否定する。

受け入れることをしないんですよね。

コーチングやセッションをこの2年くらいで200人近くしましたが、そんな方が多い傾向にあると思うんですよね。

まずは、他者からの評価や言葉、フィードバックを最大限に受け止めることが大事な気がする。

ポジティブなことならなおさら。

そこから、木之下さんみたいに好きなことと組み合わせてみて、行動してみて検証していくしかない。

うん、それは本当に思いますね。

占いなどで自分の才能はわかりますけど、結局行動しないと自分のものにならないですしね。

なぜならフィードバックがないですから。

特技。

この単純な言葉には非常に色々なことが詰まっている。

今回もたくさん書いてしまいましたが、特技の自分なりの結論を出します。

特技とは、

「好きなこと×得意なこと。そして、他者評価を素直に受け止めた時から作られ始めるもの」

としたいと思います。

そして、これ書いて思いましたけど、”自分道カフェ”ってやっぱりすごいですね。

なぜかというと、

コンセプトが”価値観の共有”

ルールが”相手の価値観を否定しない”

ということだからです。

自然と、”他者の意見を受け止める”ことにつながるんですね。

こういう見方もあるんだ、とか、こういう考え方や価値観があるんだ、とか。

そして、自分なりの意見や考えが作られて前に進んで行く。

ここに参加する人がどんどん成長していったりする理由がわかる気がするな。

また、そんな自分道カフェを開催していきたいと思います。

来月は、5月20日(日)10時

みなさんのご参加をお待ちしていますね^^

P.S.

あとね、初参加の方にこんなメッセージをもらえたんです。

こういうの見るとね、嬉しくて嬉しくて嬉しいんですよね。

こういう環境が作れたこと。

本当に嬉しいし、参加してくれるみなさんの力だと思います。

この場所って本当にすごいよね。

初参加の方の感想:

自分の中で「無」だったワードも、誰かの意見や印象を聞くことで、「私はこう思うな」というイメージが出てきたり、気がつくと誰かの意見が自分への助言になっていたりして、来てみて良かったです。

・自分の話したことがこんなにも受け入れられてくれるんだと思うと、すごく心が軽くなりました。共感や新しい考えをもらってまた話してみたいと思いました。ワクワクさせていただき、ありがとうございます!

時間があっという間に過ぎた。みんなでうるさくなるくらい盛り上がれた。また参加したい。

 

美意識の追求(2018年3月 自分道カフェ)

【2018年3月レポート】
美意識の追求(第24回)

日時:3月18日(日)10:00〜12:00
場所:東京ENGAWA
参加者:小沢さん、木之下さん、倉藤さん、塩島さん、山本さん、秋山さん、高橋さん、田代さん、宮本


こんにちは! 宮本伸男です。
今月も3月度の自分道カフェを開催させていただきました。

毎回第3週の日曜日の朝10時。
遠くは山梨からも参加いただき、今回は香川からの夜行バスでそのまま参加いただいた方もいました。

本当にみなさんに参加いただける場所となっていることが嬉しいです^^

さて、今回は3つのテーマでお話しました。

1)うさんくさい

2)美意識

3)お金

それぞれのテーマでいろいろな学びや気づきがあったのですが、今回は”美意識”について書いていこうと思います。

美意識、というテーマになったのは自分道カフェの始まる前、ちょっとした雑談の中である一冊の本をみなさんに紹介したことがきっかけでした。

その本の名前は

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?
経営における「アート」と「サイエンス」

[山口 周]の世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?~経営における「アート」と「サイエンス」~ (光文社新書)

https://www.amazon.co.jp/dp/B073S1RJX2/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

というもの。
私の知人の3名に同時に勧められたのがこの本だったので最近読み進めています、という話しをしたところ、「美意識」ってそもそも何? という形でテーマの一つになりました。

今回も美意識、に対して様々な意見がありました。

  • 自分が美しいと思っていても人から見たときに美しいとは限らない
  • 美意識とは自分の中で追い求められるもの
  • こだわり
  • 哲学
  • 造形美
  • 女性は美意識とか重要   ・・・etc

最後にもあるように、確かに意識としては女性の方が”美意識”という言葉に触れる機会が多いのかもしれません。

また、初参加の高橋さんがおっしゃられた「美意識とは人から見られた自分をどう考えるのか、ということ」というのは客観よりも主観で考えていた私にはない意見だなーって感じました。女性は共感する方も多いのかな? 新しい視点です。

そもそも美意識ってその言葉の中に”美”という文字が含まれています。美を辞書で調べてみるとこのような意味が。

  1. 外形がりっぱできれい。うつくしい。
  2. 内容がりっぱ。みごと。よい。「有終の美」
  3. よしとする。ほめる。よみする。
  4. 哲学で、感性と理性との調和統一に対する純粋な感情を起こすもの。「美学・美意識・真善美・耽美(たんび)」

なんと。
美意識という言葉自体が辞書に載っています。ここには美意識は哲学が関係している感じ。

《感性と理性との調和統一に対する純粋な感情》

 

・・・やばい、何を言っているのかよくわかりません。

一つ一つ読み解いてみます。感性というのはその名の通り、私たちが感じる性(さが)ということになります。

綺麗だなぁ、楽しいなぁ、面白いなぁ、つまらないなぁ、ムカつくなぁ

これらは全て感性と呼んでもいいでしょう。

一方で、理性とはなにか。

昔、イチローがバリバリとメジャーでヒットを量産していくのをみて、「あなた天才ですね!」と記者が声をかけたと言います。

しかし、イチローはこう答えました。

「いいえ、僕は天才ではありません。なぜなら、打てた理由を理論的に全て説明できるからです」

なるほど。
つまり理性というのはロジカルやサイエンスで説明がつくもの。

そして、ロジカルでありサイエンスであるものは再現性が高いということ。
これは、「感性」ではなく「理性」に近いものなのだと思います。

さてさて、戻りますと、
「理性」と「感性」に統一性がもたらせると哲学の世界では”美しい”となるようです。
もっと噛み砕いていえば、
感性くん「これ、なんかよくわかんないけど素晴らしいよね!」 に対して、
理性くん「その理由は〜〜〜〜で〜〜〜だから素晴らしいという考えになるんだよ」
という状態が”美しい”ということみたいです。
あくまでも、辞書の世界では。
ということで、辞書の話では私自身はさっぱりわからないので、自分なりの美意識を語っていきたいと思います。
(最初からそうすればよかった 笑)
自分道カフェでもお話しさせていただいたのですが、『美しい』と感じるものって本当に人それぞれなのかなぁとも思っていて。
例えば、目の前に一枚の絵画があるとして。
この絵画を見たときに、Aという人が「素晴らしい絵画だ!」っていうかもしれないけど、一方のBさんは「そうかな?」って思ったりもする。
最近は私も二木さんに同行いただき美術館で絵を見ていますが、
「この絵がすごいんだ!」みたいな感じだったとしても、
「へー」くらいしか思わなかったりするわけです。
でも、あの美術館に並んでいる絵画はどれも素晴らしいもの(だと言われている)ものであり、世間一般でいえば”美しいもの”という部類に入ることになる。
じゃあ、自分の美意識って間違っているのか? と問われれば、「いや、俺には俺の見方があるんだ!!」と声を大にして主張したくもなるわけですよね 笑
私は「シンプル」なものが美しいと感じたりします。
シンプルというのはミニマルとは少し違っていて。
複雑そうに見えたり、色々と試行錯誤の上、導きだされた答えや結果なんかが「美しい」と感じるわけです。
例えば、グーグルの検索エンジンは美しいと思います。
一つの窓。でも、そこに検索ワードを入れることはどんな人でもわかります。
グーグルのことだからYahooのの検索エンジンみたいに色々なことができたはず。
でも、敢えてそれをやらない。 しかし、あの検索窓の向こう側では複雑で高度なシステムが動いているわけです。
そういうものに非常に興奮します 笑
しかし、そういうシンプルなものって、使う側からすれば
”シンプルであるかどうかすらわからない”
と思います。
だからこそ、私はその「コンセプト」が好きだったりするんですよね。
こういう想いを持ってこれを作ったんだ! これが私の表現だ!
というのがすごく好きですし、その完成品が美しい、と思ったりします。
あ、なんかここまで書いていてびっくりしたんですが、さっきの”美”という辞書の話。
《感性と理性が調和統一したときの感情》
これって私の美しいと感じることがまさしくそうかも・・・。
コンセプトが感性だとしたら、それを実現したもの(理性/ロジカルやサイエンス)と触れたとき、私は単純に美しいと思うのかもしれません。
でもでも、そう考えると”美意識”っていうのはその”美しい”というものの”意識”ということになります。
美しい、とは目の前にあるものから先を見据えた本質や洗練されたもの、積み重なってきたものを表現したものに触れたとき、がそうなのだとすれば、
『その本質や洗練されている部分、積み重ねられたものに触れようとする意識』 こそが私にとっての美意識、となります。
例えば、先ほどの美術館の話。
「この絵画はよくわからんなぁ・・・」
これってパッと見ただけだとそれで終わりなんですけど、私の中では美意識というのはさらにもう一歩先のことなのかもしれません。
「この絵画はよくわからんなぁ・・・。」
 ↓
「この作者はどのような意図やコンセプトで書いたのだろう?」
「この作品は何年前の作品なんだ?」
「ここに展示されるまでにどれほどのことがあったのだろう」
と目の前の事象や結果に対して、その奥を知ろうとすることや価値ある部分を見極めようとする意識のことを”美意識”というのではないかと。
結構、私とかもそうなんですけど、目の前の事象やアウトプットを単純に受け止めて終わりにすることがたくさんあります。
でも、もしかしたらその先だったり、深く掘った先に”本質”って隠れていたりするかもしれないですよね。
うーん、そう考えると世の中は”美しい”ものに集約されていく気がするなぁ。
法律や規制を超えて、地球や世界が求める”美しい”ものに様々な事柄は集約されていく気がする。
それこそが本質や真理なのかもしれませんし、哲学の存在意義なのでしょうね。
なんか今回も散文になっちゃったなぁ。申し訳ないです。
美意識に対する私なりの結論です!
美意識とは、
「物事や事象の本質や背景、真理を求める意識のこと」
としたいと思います!
次は、2018年4月15日開催!
みなさんの参加をお待ちしています^^

教育とはなにか?(2018年2月 自分道カフェ)

【2018年2月レポート】
教育とはなにか?

日時:2月18日(日)10:00〜12:00
場所:マザーリーフカフェ 恵比寿
参加者:小沢さん、海津さん、木之下さん、倉藤さん、山下さん、塩島さん、山本さん、島村さん、齋藤さん、田代さん、林さん、宮本

こんにちは。
今月も2月度の自分道カフェを開催させていただきました。

今回は12名と人数も多く、2つのグループに分けて開催をさせていただきました。
先月も11人だったので、もう平均的にこれくらいの人数が集まる感じだとカフェではできないのかもしれないですね。

これからは会議室を予約しておこうと思います^^
みなさんいつでも自由に参加してください!( ^ω^ )

さて、今回、私たちのテーブルでは、
「至福」
「教育」
「占い」

もう一つのテーブルでは、
「両親」
「努力」
「愛」
「自分道カフェ」

について価値観を共有しました。

「自分道カフェ」がテーマとして挙がるのがすごいですよね 笑
私もその議論に参加したかったです。

さて、今回もいろいろな言葉について話ができましたが、
”教育”について自分なりのレポートを書いていきたいと思います。

教育、というテーマを出していただいたのは木之下さん。
夢の国でキャストとして働く彼女は、成長する機会として用意されているユニークで素敵な研修について紹介いただきながら、それがきっかけで教育という言葉について改めて考えたことを話してくれました。

教育というテーマでもみなさんの中で様々な意見をいただきました。

「教育とはその人が成長していくために必要なものを学ぶこと」
「教育は受動的、勉強は能動的」
「教育は個性を活かすためのもの」
「教育は人生を変えるための手軽な手段」

どの意見も聞きながらなるほどなぁって。
みなさんの意見はなんだか最近私自身が考えていたイメージとも被るものがありました。

私自身が最近教育について「難しいなぁ」という印象を持っていました。
これは教育する側でも教育を受ける側でも。

教育って、いろいろな手段や方法があると思うんですけど、教育って”誰かが生みだした(考え出した)良しとすることや方法を学ぶこと”という考えが私にはあります。

ポイントは、”誰かが生みだした”ってことです。
多くの教育ってどこか答えを教えることのようなイメージがあるんですよね。

哲学者ルソーが私は好きなのですが、彼は「エミール」という代表的な著書の中で教育についてこのように書いています。

「人は子ども時代というものを知らない。…いつも子どもを大人に近づけることばかりに夢中になり、大人になるまでの子どもの状態がどのようなものであったかを考えようとはしない」

これは子どもに対して述べられていることですが、なんか今の一般的に話される”教育”ってこの意味に近い気がしていて・・・。
いかに”大人に近づけるか”、いかに”誰かが決めた正しい道”を歩ませるか、いかに”私の導き出した答えを実践してもらうか”という部分で盛り上がりすぎているような気がして。

でも、本来は他者からの教えは”知識の一つである”という意識が私は大事だと思ってるんですよね。
それは伝える側も学ぶ側も。
その上で『本質だと感じたり、自分にとって大事だと思えるかどうかの判断が大切』だと思っていて。

特に、価値観や生き方が多様化する現代で、その判断力みたいな、感覚力みたいなフワッとしたゾーンがすごく大切になっていくんだろうなと思っていて。むしろ、AIとかロボットとかガンガン出てくる時代の中で、その部分を大切にすることで人間は生きて行くのかなぁとも思ったりするわけです。

なんか抽象的ですよね・・・。
具体的に書くと、例えば集客をしたいとする。

1 効率的で結果の出る集客をしたいと思う。
2 そのために集客のセミナーに行く。
3 そのセミナーで集客の仕方を学ぶ。
4 学んだ集客を実践する。
5 たくさん集客ができた。

こういうのってありがちだと思うんですけど、みなさんセミナーに行くとしたらどこに注力するんですかね。
多分いろいろ答えはあると思うんですけど、あくまでも私にとっては3番と4番の間がすごーく大切だったりするんです。

集客の仕方を学んで、実践する。 という間。
何かと言うと、私の中ではその環境や雰囲気とか空気がめちゃくちゃ重要です。

「なんか黒いなぁ」「なんか嫌なイメージだなぁ」「なんか違う気がするなぁ」

そう思ってしまうと、それがいかに素晴らしいメソッドや方法であったとしても、私は結構慎重になります。
距離も微妙に置いたりします。

なんででしょう。
でも、そこってすごく私の中では感覚的な話で、大切な判断基準なんですよね。
本物か偽物か、本当に”自分にとっての本質なのか否か”というのを直感的に判断してるのかもしれません。
けどこの感覚的な部分ってAIやロボット、他者には判断できないと思いますし、自分の中でジャッジができる部分な気がする。

もちろん、その結果良かったこと悪かったことはありますけど、それが自分の中でのフィードバックになったりするわけです。

だから、その感覚力とか判断力をすっ飛ばして「はい、これが答えです。これをやってください」と言われ、
「はい、わかりました。やりました」っていって終わらせるのは自分の感覚を鈍らせている気も私はするんです。

今ってすごく様々な教育や学びが綺麗にパッケージされているし、スマホを開けば興味あるニュースが飛び込んでくる。
でも、その”誰かにとって大切なこと”や”社会的な答え”ではなく”自分にとって大切なこと”を選択する判断力が大事な気がする。
大切だと信じる力でもいいかもしれないけど。

まぁ、そんなことを自分道カフェでも少し話していたのですが、その中で斎藤さんからの情報が面白いなぁって思いました。

それは「人間は”学ぶこと”が脳にインプットされている」ということ。
つまり、”本能が成長することを求めているし、生きていく上で成長が必要だ”ということ。

どこかの雑誌に検証結果が載っていたらしいですが、成長を辞めた人は早死にする人が多いみたいです。
ずーっと会社でバリバリ働いていた人が定年を迎えて家に篭り始めたらすぐ亡くなってしまった、という例もありました。

その話を聞いて、なるほどーって思ったんです。

最近、”貢献感”ということを考えていて。

アドラー心理学でも言われていますが、
自分のやっていることや提供したことに対して、相手がどう反応しようが本当の結果ってわからなくって。

「ありがとうございます! 自分のためになりました! 本当に変わることができました!」って笑顔で言ってもらえたとしても、それが本当に価値として捉えているかどうかは自分ではなく、目の前の人しかいないんですよね。

そしたら、自分は”相手に貢献できた!”という自負しかないわけで。
これって金銭が発生しててもしてなくても関係ない気はしていますが、これこそが貢献感なんだろうなって。

じゃあ、貢献感を得るにはどうしたらいいのか。
それって同じことをただただやり続けているだけじゃ得られなくなっていく気がするんですよね。

そして、思ったのが”成長と学び”だったんです。

自分をアップデートしていったり、自分にはない知識や経験を積んで、それを与えていくことで貢献感は得ていくのかなって。まぁ、別に新しい知識や学びを得る必要はないかもしれませんが、成長と学びを自覚することが大切なのではないかと。

ただ、成長と学びを得やすい場所が”教育”なんですよね。

「教育は人生を変えるために一番手軽な方法」という意見も確かになーって。
教育を受ける時って過去振り返るとそれ自体がチャレンジだったりする。

自分を変えたいとか、もっと価値提供できる幅を広げたいとか、新しい環境に飛びこもうとか。
昨日までと違う惰性の日々から一歩変えたくてチャレンジすることで、成長と学びを得てきたと思う。

大人になってからの能動的な教育は、それを受けようと決意して動くこと自体が成長と学びに繋がっているんですよね。

そう考えると、”自分の決意と一歩目”こそが自分を変えることなのだと思う。
”教育”という名目を利用した一歩目なのだと思う。

何かモヤモヤしたことがあるのなら、きっとそこにはチャレンジを求めている自分がいるのかもしれない。
うまくいかないことがあるのなら、それは新たな学びと成長を欲している自分がいるのかもしれない。
つまり、成長というチャレンジを続けたいと願う自分がいて、その名目として教育の選択がイマできるのだと思う。

これもルソーの名言であったんですけど、
「人は肉体があまりに安楽するほど、精神が腐敗する」

うん、なんかわかる気がする。

というわけで、教育という話でたくさん書いてしまったのですが、最終的に私としては、
「教育とは生きるために必要な学びと成長を得ることのできる一番わかりやすい方法」
として考えておこうかなって思います。

で、これ書いてて思いましたけど、やっぱり「判断力とか感覚を鍛えること」って大事だと思うので、ホンモノと出会う努力や自分の中でのフィードバックはしていきたいと思います。

今月もありがとうございました!
来月は3/18(日)10時から!

みなさんのご参加をお待ちしていますm(_ _)m

————————

今回で23回目。

誰も来なくてもやり続けます、きっと。
だからこれからも続きます、きっと。

自分道カフェは、
別に参加してもしなくてもいい。

疲れた時や悩んだ時、考え込んだ時、迷った時。
嬉しいことがあった時、楽しい出来事があった時。

参加する理由って別になんでもいいと思います。
一人一人需要が違うし、求めているものも違う。

でも、
来たい時に来れる場所がここにはあります。

仕事関係や遊び、家族、友達、年代、世代・・・
そんな枠を超え、価値観を共有できる場所。

どうするべきかなんて誰にも決められない。
いつだって決めるのは自分自身なんですよね。

今回、ある方が感想でこんなことを書いていたんです。

「自分にとっての価値観が明確だと幸福度が増していく」

久しぶりに心にグサリときた素敵な言葉でした。
ここにも自分道カフェの魅力が詰まっているのかもしれない。

でもなんだかんだいって、
私が続けている理由はシンプルです。

月一回。
みなさんとお会い出来る機会がある。

それだけの理由で私は続けている気がします。

アイデアとミンティア(2018年1月 自分道カフェ)

2018年1月開催レポート
【アイデアとミンティア】

日時:1月21日(日)10:00〜12:00
場所:東京ENGAWA
参加者:海津さん、木之下さん、秋山さん、山下さん、山本さん、落合さん、齋藤さん、田代さん、金井さん、多和田さん、宮本

こんにちは、宮本です。

2018年一発目の自分道カフェ!
今年最初の自分道カフェは11名の方に参加をいただきました。

今回初参加の方や久しぶりにご参加をいただけた方もいたりして。
こうやってみなさんと月一回でもお会いできる機会が本当に嬉しく思いますし、参加いただけることに感謝をしたいと思います。

さて、今回は2つのテーマについて話をしました。

・習慣
・アイデア

どちらも非常に面白いテーマでしたが、今回は「アイデア」について書いていきたいと思います。
参加者からは今回も様々な意見をいただきました。

「アイデアは誰でも出すことができる」
「組み合わせからアイデアは生まれると思う」
「日常の気付きが後から繋がっていく感じ」
などなど。

まぁ、想定の範囲内というか、自分の考えと近かったです。
でも、面白いなと思ったのはここからで。

アイデア、という言葉をみんなでネット検索してみたところ、
コトバンク的には

”アイデアとはギリシア語で「見る・知る」こと”

と出てきたんですよね。

見る、知る。
その行為自体がアイデアである、と。

でも、ここで私が疑問に思ったのは、例えば何かを考えているとして、そこから出てきた想いや考えは全てアイデアだと自分が自覚するかどうか、ということ。
例えば、(目の前にいる人が眠そうだなぁ)と思ったとして、それは”見る”ことで思うことであり、コトバンク的には「アイデア」ということになる。

・・・え?

その状況で、「あぁ、これはアイデアなんだなぁ」って…
思うわけないじゃないですか。

少なくとも私は思わない。
そしたら、自分の中で目の前の人が眠そうだと”見て”思ったとして、この考えがどこまで進んだら”アイデア”になるかを考えたわけです。

1)(目の前に眠そうな人がいるなぁ)
2)(目の前に眠そうな人がいるなぁ、なんとかしてあげたいなぁ)
3)(目の前に眠そうな人がいるなぁ、なんとかしてあげたいなぁ、眠気を取るならなんだろう)
4)(あ、ミンティア!)
5)「あのー、ミンティア食べます?」

こうしてみると、自分の中でアイデアに変わる(自覚する)のは、
4)(あ、ミンティア!)
なんですよね。

で、そう考えると

”見る・知る”    ことに加えて、
”自分の想い”    が加わって、
”自分の考え”    を張り巡らせて、
”答えを出す”    ときにアイデアに変わる気がしたんです。

で、
5)「あのー、ミンティア食べます?」
はアイデアを形にする、ということなんですよね。

ただこれ、話が戻ってしまうけど、やっぱりアイデアを出すには”見る・知る”が必要不可欠になってくる。

(目の前の人が眠そう)ということを見ることがなければ、そもそもアイデアが出てこない。
そして、ミンティアというものを”知っていなければ”、眠気を解消するアイテムとしてでてこない。
つまり、アイデアは見る・知るが必要なことになってくるんですよね。

・・・ただ、ここまで考えて更に大切なことに今気付きました。

1)(目の前に眠そうな人がいるなぁ)
2)(目の前に眠そうな人がいるなぁ、なんとかしてあげたいなぁ)
3)(目の前に眠そうな人がいるなぁ、なんとかしてあげたいなぁ、眠気を取るならなんだろう)
4)(あ、ミンティア!)
5)「あのー、ミンティア食べます?」

このアイデアの5段階。

実は、

2)(目の前に眠そうな人がいるなぁ、なんとかしてあげたいなぁ)

がとても大切なのではないかということ。

そもそもアイデアというのは、自分の情熱が大きく関わってくるのではないかと思うのです。

自分道カフェの中でもディズニーで働く木之下さんの意見が面白かったです。
木之下さんは、ディズニーのことは常にアンテナを張り巡らせていて、来園されたお客様から道やアトラクションの効率的な周り方を聞かれた際には、すぐにアイデアが浮かぶとのこと。

「まず、この道を突っ切ってプーさんのファストパスをとって、
10分後にこのショーを見て、
そのあとすぐにシンデレラ城を横切ってこのアトラクションに乗って、
そのあとにその15分後にショーがあるので、それを見てください」

これが瞬時に出てくるみたいです。
そして、これはディズニー関連のことについては人一倍の興味関心があるからできることなんだそうです。

でも、アイデアってそういうもんなんだろうな、って思うんです。

「自分はアイデアを出すのが苦手」

そう言われる方も、自分が好きなことだったり知識や経験があることだったら、すぐに発想が浮かぶことがあります。

仕事の新しい企画を考えるより、
趣味やプライベートの新しいアイデアはポンポン浮かんだりするんですよね。

私自身もこの前、会社で今年の事業の新しい施策について案出しを求められました。
そこですぐ浮かんで口にしたこと。

「製薬業界の顧客コミュニティを作りましょう。」

これって私が自分道カフェとかカレッジとかやってきたからこそだし、
製薬業界の知識もあるからこそ。
そして、根底にあるのはその製薬業界で何かできないか? ということ。

リーダーは、「面白い、それでいこう!」って。
こんな簡単に、アイデアが生まれてしまう。

きっと何かを変えたいと願うときにアイデアは出るのだと思うし、
そのアンテナは情熱や興味関心が高いところでしか生まれない。

「アイデア」
・自分自身の情熱、興味関心のアンテナ
・何かを変えたいという想い

私は今回、そんな風に答えを出してみたいと思います。
みなさんの考えもぜひ教えてくださいね^^

次回は、
2月19日(日)10:00〜
@都内のカフェや会議室

自分道カフェのLINE@でも告知していきますね。
それではまた来月お会いしましょう!

・・・ミンティアとアイデアって分かり辛いですね。

〜1月度の参加者の感想を一部ご紹介〜
・習慣にアイデア。最初はあんまりピンとこなかったテーマが、皆で話していくとなんだか目に見える形になってきて、自分の中での印象も再確認できるんだなぁと面白かったです。
・毎回一つのテーマで色々な考えから自分が考えていなかったことが出てきたりして本当に楽しいです。また参加したいです。
・アイデアはゼロから生まれるのではなく、経験に基づいて出てくるものだと思いました。とにかく多くの経験を積んでいきたい。
・予想外の発想から話が盛り上がって面白かった。全員が何かを話せる仕組みを作れたらもっと良かったと思う。
・今日の習慣、アイデアというテーマは自分の日常生活の送り方を見直すきっかけとなる話がたくさん聞けたと思っています。
・いろんな意見を聞き、また考えさせられました!

人が変わるときこそ(2017年12月 自分道カフェ)

自分道カフェレポート(12月)
【人が変わるときこそ】
日時:12月10日(日)10:00~12:00
場所:赤坂紀尾井坂 ディーン&デルーカ
参加者:7名(小沢さん、田代さん、海津さん、山本さん、山下さん、林、宮本)

お疲れさまです!
自分道カレッジの宮本(のぶりん)です。

今年最後の自分道カフェ。

先週末に忘年会を開催したばかりですが、今月も開催させていただきました。何名か色々なアクシデントで来れなくなってしまいましたが、今月も7名に参加をいただき、本当に有意義な時間を過ごさせていただきました。

今回は、以下のテーマ。

「趣味」「休日」「転機」

今回は、中でも「転機」について、私なりの意見を書いていきたいなと思います。

私は、今まで「転機」という言葉についてきちんと考えたことはありませんでした。

この議題を挙げられたのは山本さん。

彼女が最初に言いだしたのは、
「日常は転機で溢れていて、転機は自分で作るものだと思う。みなさんはどのような時に転機だったと感じますか?」
とのこと。

参加者のみなさんが最近転機だと感じたことをお話されていきました。
「私の転機は常に人が絡んでいる気がする」
「なんか今を変えたいとか思ったときに動けた気がする」
「なんにも考えていなかったけど、あれが転機だったんだなって後から気づく」

色々な意見がありました。
そんな話を聞きながら、私が思ったのは、

”転機”だと感じる瞬間にこそ、一人一人の個性や自分らしさが出るんだろうな、と。

山本さんが言うように、私も転機というのはこの瞬間瞬間に流れているものだと思う。
それは、いわゆる私の中では転機は大きなものではなく、小さなことだという感覚が強い。
小さな転機が積み重なり大きな転機になるイメージ。

まぁ、つまりは、自分が常にイマ変わることができるということになる。

でも、どうだろう。
私は、イマこの瞬間に自分自身を変えることができるのに、
なのに、なぜかなかなか変えることができないシーンが多い。

大きな話だとわかりづらいから小さい話にしてみようと思う。

→YouTube見すぎてる!わかってるけど、あともう一個だけ。
→この面倒な対応しなきゃいけない。でも、簡単な仕事片付けてから
→”とりあえず”これやってからやろー

まぁ、これ全て私の話なのだけど、この行動をイマすぐ正すことは物理的にできることは私自身も知っている。
多分、みなさんの中でもそんな感覚はあると思う。(と信じたい 笑)

ただ、これ思うんだけど、じゃあイマから変わる! という決意を持つことはできても、それを実行し続けることができるかというと途端に自信がなくなってくる。

何回も自分を律するアクションを取ったこともある。
でも、結局惰性に戻ることの方が多い。

だって、自分の心はその惰性を望んでいるから 笑
そして、安定したイマ、時間が流れてウヤムヤになっていくイマを望んでいるから。

わかってる。
きちんと自分を律する大切さも、時間の大切さも。
親や自己啓発、トレーナーやコーチに言われて、わかってるつもりなんだけど。

・・・いや、結局わかってない。

ただ、そりゃそうだろ、とも思うんです。
世の中で教える自律とかタイムマネジメントとか、本当にそんなことで人は変わるのか? とも思うんですよ。

だって、それってそれを言い出した人の意見ですよね。
人が変わることや人の転機は、そんなシステムや一概には括れない部分がきっとある。

自律の大切さとか時間の大切さってもしかしたら真理に近いものなのかもわからないけど、それは自分にとっての真理かどうかはわからない。学校や自己啓発が教える理論だってあっているかどうかは自分次第だと思う。

そのシステムに合わせていく必要は一切ないし、結局合わせて変わっても何も変わらない。
(ということはこの1年半のコーチングで本当に学ばせていただいた)

だからこそ。
だからこそ、自分が変わる瞬間とか、安定した環境を抜け出す、自分を変えようとする瞬間ってすごいことだと思いませんか?

実際に「転機」になったこと(行動も結果も変わったこと)ってめちゃくちゃすごくないですか?

人はそんな簡単には変われない。
だからこそ、転機となったことこそ自分自身の全てが出る瞬間なんじゃないかと思うんですよね。
自分らしさや個性がそこに隠されていると思うんですよね。

以前、TRIGGERというWEBサイトをやっていました。
今もそのサイトは残っているけど、それは全てその人が変わる瞬間や転機を必死で取材して、全てを汲み取り、全力で発信をした。

その掲載された方がこの前2年前くらいのTRIGGERの自分の記事を見返して、こんな感想を残してくれた。

「私、根本は変わってないや」

転機。その言葉に全て集約されている気がする。

結局、自分が変わる時。それは、ひとりひとりの個性が現れる時。
心が本来のあるべき姿に進もうとしているときなのかもしれない。

「転機」
自分らしさが現われる時。
心があるべき姿に進もうとしているとき。
だから変わることができること。

私自身は、今はこのように結論を付けようと思います。

自分自身の転機ももう一回振り返ってみようかな。
みなさんの今までの転機もまた教えてください!

自分道カフェに参加いただいたみなさま、今年も本当にありがとうございました。
今年は忘年会もできて、自分道カフェにも協賛いただく方やファンも増えてくださって、本当に感謝感激です。

一気に加速させる必要はないと思っています。

ただ、全員が哲学者になれる時間があることは確実に積み重ねていきたいです。
会社や組織や仕事で疲れ果てたとしても、自分に戻れる場所と空間と時間があってもいいと思っています。

今回は散文すぎてごめんなさいm(_ _)m

来月は、
第22回自分道カフェを
2018年1月21日(日)10時から開催!

みなさまのご参加をお待ちしています( ^ω^ )

時間と人脈(2017年11月 自分道カフェ)

【時間と人脈】

日時:11月12日(日)10:00~12:00
場所:後楽園 ENGAWA
参加者:11名(小沢さん、多和田さん、金井さん、田代さん、秋山さん、山本さん、山下さん、田頭さん、小野さん、西川さん、宮本)

お疲れさまです!
宮本です。

今回も初参加の方が2名。
毎回初参加の方が増えていく感じは素敵ですね。

本当にありがとうございます。

さて、昨年の4月から数えると今月で・・・
なんと、記念すべき20回目だったんですね!!

全然意識してなかった! だからこそ続けられている気もしますね!

さて、今回のテーマは、

「時間」

「人脈」

人数も多く、参加者のなかで会話が盛り上がっていったので人数が多いとこういう感じになるのだなあと。

そして、やっぱり昨年から比較すると、みなさん一人ひとりが自由に発言できているのがすごいなあと。続けると色々な変化を感じることができますね。

さて、今回はそれぞれのテーマで私の感じたことを書いていきたいなあと思います。

「時間」

このテーマって汎用性が高いので、自分道カフェでもよく出てくるのですが、今回は色々な分野のお仕事の方がいたので、本当に新しい意見ばかりで斬新でした。

→時間は機会コスト

→年齢を重ねると細胞分裂が緩やかになることから体感時間が短くなる

→遅刻はゆるやかな殺人・・・

などなど、結構具体的な意見や今までの知見などからお答えされるケースが今回は多かった気がします。

わたしにとって時間ってなにかって考えてみると、 「命」と「尺度のひとつ」かなって思います。

私自身は

”人間って終わりがあるから頑張れるし、進化ができる”

って思ってて、究極、現状の科学ではこの世界の人たちは共通していることが2つだけあって。

1)生まれる

2)死ぬ

本当に共通しているものってこのことしかないん じゃないかと。

↓ここからはわたしの感情や個人的見解もたくさん盛り込まれていきますm(_ _)m

もし、2)死ぬ を少しでも否定できる可能性があるとしたら、人間はもしかしたら進化しないんじゃないかなって思うんです。少なくともわたしは毎日を怠惰な生活を送る気がします。

うん、それは間違いない。
だって死なないんだもの。

いつか頑張ろう、ってずっと言い続ける気がする 笑

で、時間という話に戻すと、この死ぬまでの間のことを多くのひとが「時間」と呼んでいる。

将来の夢を抱いたり、目標を立てて進んだり、人生プランを考えてみたり。

それは全て自分が死ぬことをゴールとして立てられている場合が多いと思うんですよね。

でも、果たして本当にそうなのか、とわたしは思ったりもするんです。

時間って結局概念を言葉にしただけであって。

上の理屈でいくと、じゃあ自分が死ぬのっていつなの? ってなる。

そこから逆算しないといけない。

でも、自分が死ぬ時を知っているひとってそうそういないですよね。

僕はわからないし、正直わかりたくもない。むしろ、”寿命がわかることで毎日を頑張らない可能性”も出てくる気がする。その方が幸せなのかもしれないけど・・・

で、話を戻すといつ死ぬのがわからないのだから自分が死ぬまでの間を時間と呼ぶなら、確実な時間は結局、”今この瞬間”しかない。

そしたら、時間というのは、

「今この瞬間の命そのものなんじゃないかな」って思うんです。

でも、そうなると、目標や人生プランが無駄なように感じるかもしれない。

けど、それは未来のいつやってくるかわからないその日のためにあるのではなく、今この瞬間の命を燃やすために存在してるんじゃないかと。

将来、年収1億円になる。その目標があるのであれば、その目標自体に価値があるのではなく、その目標に向けて今この瞬間を頑張れることに意味があるのではないかと。

・・・と、

長くなりましたが、そんなこんなで時間というものは突き詰めると私の中では、今この瞬間だという結論に至りました。

そう考えると、時間って有限なものではなく、本当は無限なのかもしれないですね。

「人脈」についてはまた機会を見てレポート書いていきます!

さて、来月は12月3日に自分道カフェの大忘年会を開催します!

自分道カフェはやりませんが、参加者も増えてきたので、ワイワイと美味しいご飯を食べながらお話ができたらいいなあって思います( ^ω^ )

それでは、今月のレポートはここまで。

また来月にお会いしましょう( ・ω・)ノ

宮本伸男

ひとありき(10月自分道カフェ)

自分道カフェレポート(10月)

ひとありき

日時:10月15日(日)10:00~12:00

場所:紀尾井ファーストタワー ディーン&デルーカ

参加者:8名(小沢さん、多和田さん、金井さん、田代さん、秋山さん、山本さん、山下さん、宮本)

お疲れさまです!

宮本です。

今月も自分道カフェを開催させていただきました。

今回も初参加の方が2名いらっしゃいました。

昨年の4月から数えると今月で19回目。

この自分道カフェグループは非公開で参加者や関係者だけをお招きしていますが、50名近くが登録されています。

少しずつ参加者の輪が広がっていくのがすごいなー、と感じている今日この頃。

これからも少しずつ、そして確かなつながりを築いていきたいです。

さて、今回のテーマは、

「仕事」

「価値」

「出会い」

この3つでした。

初めてのご参加者もいるので仕事や価値といった人気テーマを選ばせていただきました。でも、毎回違った角度から話が進んでいくのが自分道カフェの面白いところですね。

私のレポートとしては一番印象に残った「仕事」というワードで書かせていただきたいと思います。

※はじめに言っておきますが、今回は見る人が見たら”あたりまえ”なことをあたかも正々堂々と書いていきますね。あくまでも、私のひとつの答えです^^

「仕事」という言葉を聞いて、みなさんはどんな印象を抱くのでしょう。

今回もたくさんの意見がでましたが、私はみなさんの考えを聞きながら一番近い私の仕事のイメージは、「人ありき」という言葉だった気がします。

仕事は人ありき。

実はこれ、最近すごく感じることなんです。

私は会社員であり、個人でも活動をしています。

会社は可能な限り18時までには退社できるように調整をしています。

そして、18時以降はコーチングやそれに関わる活動をさせていただきます。

クライアントや人と会ったり、遠方の方はスカイプで話したり、新しいセミナーやイベントをやるときにはWeb会議で関係者と企画したりしています。お約束がなければ、誰かのランディングページを作ったりライティングをしています。

そのあとに、みなさまから日々いただくメッセージのご返信を差し上げたり、携わっているプロジェクトの返信をしたりします。

ここで一つお伝えしたいのは、この活動はすべて

”お金をもらえているか? 稼げているか?”

という質問に対しては、ハッキリとNoということができるということ。

でも、これは私にとって

”仕事か否か?”

と問われると私は断言できるんです。

「全部仕事です」と。

なぜ断言できるかというと、これすべて、人のために動いているんです。

人ありきで活動しているんです。

誰かの自己実現を手助けしたり、困っている人にアドバイスを送ったり、サポートしたり、応援したり、みなさんの想いを具体化したり…。

先に申し上げたように、私は対価としてみなさんからお金をもらっているわけではありません。

でも、このすべての行動にはありがたいことに、すべて感謝が伴います。

「ありがとう」という言葉。

これはまさしく仕事なんじゃないかと。

人に自分の持つ価値を提供することが仕事なんじゃないかと。

お金をもらえるとかもらえないとか、稼げるか稼げないかって本質的には本当に小さな小さなことで。お金がもらえる=仕事 と捉えるのはどこか安直な気がしていて。

人に何か影響を与えたり、人に貢献する、人に与える。

これができたときに仕事として成立するんじゃないかと思うんです。

自分のやりたいことをやっている。

自分の想いを心に秘めて、まだみんなには内緒。

コツコツ温めてて、内緒でまだ公開していない。

これすべて仕事ではないんですよね。

誰かに何かを与えて仕事として成立するんですよね。

で、さらに思うことがあって。

もしかすると、そのコツコツや自分の世界でやっていることや趣味、内緒にしていること、情熱や熱意、好きなこと、思いや感謝・・・もしかしたらそれを発信するだけで、誰かに価値を与えているんじゃないか、と。

好きなことも発信することでいつかその発信を必要とする人たちが増え、仕事になるのではないかと。そしたら、自分が思ったことや感じたことはすぐにひとに伝えていくことが大切なんじゃないかとも思ったりしました。

ちなみに、仕事の対価がお金だけではないことを考えると、私たちは本当にたくさんのものを受け取っています。そのことも大切な気がしました。

自分道カフェでは仕事というテーマで他にも、

・ピカソの芸術活動は仕事だったかどうか?

・尾崎豊や坂井泉水な偉大なアーティストは亡くなることが最後の仕事だったのか?

などなどもう少し深いところまで話せたのが面白かったです。

本当に素晴らしい時間でした。

仕事は”ひとありき” 

仕事の対価は”ありがとう”

これが今回の私の答えです。

来月の自分道カフェは、

11月12日(日)10:00〜12:00

@本郷三丁目

ぜひ、自身の価値観をフラットにしてお越しください^^

感動の才能(9月自分道カフェ)

9月度自分道カフェ

日時:9月17日(日)10:00~12:00
場所:恵比寿マザーリーフカフェ
参加者:海津さん、小沢さん、金井さん、山本さん、宮本


こんにちは。
9月も自分道カフェを開催しました! これで18ヶ月連続の開催。
自分は飽きやすい性格ですが、これは長く続いてますね。私の情熱の一つなのかもしれません。

さて、今回は前回と比べると人数が少なかったので、みなさんの近況や雑談を交えながら進めさせていただきました。

テーマは2つ。

・自由

・感動

 

どちらもよく出る人気テーマですが、今回は感動について気づいたことがあったので書いていきたいと思います。

感動とは何か?

感動という文字を見た時、みなさんの頭の中に浮かぶのはどんなことでしょうか?

私はこのテーマが出された時に、最初に思ったのは”誰かを感動させる活動をしたいなぁ”ってことでした。

みんなそんな感動というテーマに対するファーストインプレッションを話していきます。

「人の気持ちが動くときに感動するよね」
「期待を上回るときに感動するかも」
「意図しない成果が出た時とか感動するかも」 etc

色々と。
でも、みなさんの話を聞いていて思ったことがあったんですよね。

”あれ、感動ってポジティブ(前向き)な意味でしか登場しないんだな”

感動って”感じて動く”とか”感情が動く”とか”感情で動かす”とか色々な言葉の解釈ができると思うんですけど、日常で感情が動くのは良いことも悪いこともあると思うんです。

でも、「感動」って言葉になると良い意味でしか登場しない。
これってなぜだろうと思ったのですが、あくまでも私の解釈なんですけど、

”心や感情は自分が本当に良いと思ったもので動くんだ。そして、良い思った経験やできごとは感動という言葉で心に残していくんだ” って。

当たり前のことかもしれませんが、この当たり前に改めて気づくのが自分道カフェの良さのひとつ。私の中で一つ答えが出たのでよしとします 笑

で、次に話されたのが”最近感動したのはどんな時か?”ということ。

この話でもみなさんから色々な話が出たんですよね。
内容は割愛しますけど、ここでも面白い体験をしました。

それは、感動した話を聞いていると、こちらまでその事に自然と興味が湧いてきてしまう、ってことなんですよね。

みんなその場で思いついて話をしていくだけなんで、感動した話に起承転結も裏付けもないんですけど、話し手の感動がこちらまで自然と伝わってくるんですよ。

熱をもって、身振り手振りで楽しそうに話をする。
言葉が足らなくても感情を前面的に出していく。

この瞬間に人の心は動くんだな、って。

 

何か伝えたいものがある。
何か知って欲しいものがある。

 

そんな時に勉強するのってセールストークやプレゼン能力、ライティングや心理学とか色々あるけど。

でも、一番大事なのって自分がその対象に感動することなんじゃないかなって。
そんな部分を今書いてても改めて自分に落とし込めた気がします。

 

自由についても色々面白い意見が出たので、時間があるときに共有しますね。
来月も自分道カフェ開催します!

月に1度の時間ですが、参加する方の満足度が本当に高いお茶会です。
ぜひ、みなさん参加してみてはいかがでしょうか。


10月度自分道カフェ
・日時:10月15日(日)10:00〜12:00
・場所:赤坂見附
・参加申し込みはFacebookから

妄想と想像の違い(8月自分道カフェ)

自分道カフェの8月レポートです。

日時:8月20日(日)10:00~12:00
場所:紀尾井ガーデンテラス
参加者:海津さん、木之下さん、小沢さん、林さん、秋山さん、倉藤舞さん、田口さん、宮本

今回は8人という多めの人数の開催でしたが、個人的にはとても充実した時間だったと感じています。様々な価値観を共有しました。

話されたテーマ:

1)妄想と想像の違い
2)自律と自立

3)存在感

今回もいろいろな価値観の変化が私の中でも起きたのですが、その中でも印象に残っているのは最初のテーマである、「妄想と想像の違い」でした。

みなさん、妄想と想像の違いを考えた時にどのようなことが思い浮かぶのでしょうか?

このテーマを持ち込んだのは私だったのですが、そもそも私には”妄想”という概念がなかったんですよね。

知人と話をしている中で、妄想と想像の二つを使い分けているのを聞き、”え? それ妄想なの!?”みたいな印象があったので、みんなの意見を聞いてみたいな、とテーマとして出題させていただいたのがきっかけでした。

そして、実際に話を聞いていくと、面白いなぁっていうくらい”妄想”と”想像”についての捉え方が違ったんですよね。

例えば以下のような違いがありました。

「妄想」

・ニヤニヤする
・どちらかというとポジティブなことかも
・過去のこと
・自由な想いをすること
・現実的ではないこと
・欲求
・主観
・ファンタジー などなど

「想像」

・現実が近いこと
・ポジティブもネガティブもある
・客観的

・イメージ などなど

本当はもっとそれぞれ出ていたんですが、私のノートを見返したらこれらのワードが残っていたので、特に印象深かったことなのだと思います。

妄想:主観的
想像:客観的

これは海津さんが発表してくださったのがきっかけだったのですが、これを聞いた時に、「おー!なるほど」と思ったのが正直な感想でした。
この考え方はなかった。

例えば、自分が未来のことを想像したときに・・・

・・・!

ここまで書いて今思ったのですが、未来のことって私にとっては”想像”になるかもしれないですね。未来のことって僕はあんまり妄想しないかもしれないです。

未来っていう時点で僕は実現できること(=現実的なこと)だと考えてしまうんです。こう考えると私には未来思考な限り、やっぱり妄想は抜けてる気がする・・・。

みなさんどうなんでしょうか。

すみません、話を戻すと
”自分目線で話が進展することは妄想”で”客観的な第三者の目で進行する”
のは想像という考え方は面白いなぁって思いました。

20年後の自分。


”右手に海が見える湘南の海岸沿いを車に乗って颯爽と走って、気持ちがいいなぁ! 最高の気分だ!”


あー、これは主観的なので妄想ですね。

でも、

”湘南のこの海岸沿いを黒のBMWに乗りながら、走っている私。服装はオーダーメイドのスーツで、素敵な笑顔を見せている。”

と考えてみると少し客観的になったので、これは想像(=現実)に近づいていくのではないかと思うんですよね。
黒のBMWに乗っているかどうかなんて、主観だったら絶対わかんないし、服装なんて主観だったら入らないわけだし。素敵な笑顔かどうかなんて第三者じゃないと見えないことですよね。

なんだかこうして妄想から想像に落とし込んでいくのかなぁって思ったんです

私にとって妄想がないのって、全て実現することしか考えてない、もしくは実現するチャンスを感じているからなんですよね。

主観的な視点って実はあんまりなくって、多くのことが客観的な視点を交えて進んでいったりするんですよね。

そして、今回木之下さんも出席されていたので、さらに思ったのが、ディズニーランドの話。

ディズニーランドは”イマジネーションの世界にようこそ!”と謳っているわけだけど、まさしくあそこは「みんなの妄想を想像に、想像を現実に」している場所だからこそ人気があるのだと感じたわけです。

そう考えると妄想→想像→現実ってこの段階を提供するのってすごく大きな価値提供になるのだろうなって思いました。

私は今自分を含めて、いかにして一人一人の価値観やフューチャービジョンを明確になるかを考えたりしています。その中で自由に妄想をすること、そこから想像にシフトしていくこと、それを現実に落とし込んでいくこと。

この3ステップがいかに円滑にできるかにかかっている気がしました。

みなさんも自分の中での妄想をたまには少し客観的な視点も加えてみてはいかがでしょうか? そしたら、妄想は想像になるかも。想像になれば現実に近づいたりするわけです。

そして、案外、妄想だと思っていたことも、想像に変わり現実になるまで時間はかからないのかもしれません。

・妄想:主観的なこと、現実的ではないこと、ファンタジー
・想像:客観的なこと、現実的なこと、イメージ、未来

レポートというよりかはとりとめない文章になってしまいました。
何かのヒントになれば嬉しいです。

そして今回も素敵な写真を林さんに撮っていただきました。
Facebookグループに投稿したのでぜひ見てみてくださいね。

それではまた来月お会いしましょう。

一般社団法人UP 認定トレーナー
ウェルスダイナミクスシニアプラクティショナー
宮本伸男

成功とは何か? (7月自分道カフェ)

日時:7月16日(日)10:00~12:00
場所:紀尾井坂
参加者:西川、山本、萩村、秋山、宮本

今回も様々なテーマを持ち寄り、価値観の共有をしました。
そして、私の独断と偏見で今回もレポートを書いていきたいと思います。

テーマは以下のとおり。

「成功」
「空気を読む」
「決断」

 

今日は成功について書いてみようと思います。

 

成功というテーマは自分道カフェの中では結構登場するワードなのですが、成功に関する定義をみなさんに聞いた時は面白かったです。

 

たとえば、あなたにとっての成功とはなんですか? と聞くと、2通りの方がいたんですね。

 

1)長期的未来を描いた成功
2)短期的未来を描いた成功

 

なんか面白いなぁと。

長期的な展望を描く方はどちらかというと人生のビジョンやゴール、なりたい姿を思い描いていました。

短期的な未来の方は今年度に行われる試験での合格を描いていました。

なんか普段の2人を知っていると真逆の思考回路なのでこういうところでも別れるのだなぁ、って面白かったです。

みなさんは成功を思い描く時、どちらで描くのでしょうか?
私は断然、長期的な未来思考になります 笑

でも、どちらのタイプにも共通して言えることがあって。

それは、
「失敗する可能性があるから成功した時に成功を感じることができる」
ということでした。

ここからは完全に私の感想になりますが・・・

腰が重い、決断ができない、失敗を恐れる。

そんな言葉は巷に溢れかえってるし、私自身も日常で当てはまる瞬間は恥ずかしいですがたくさんあります。

でも、”成功って動かないと起きないもの”なんですよね。

失敗を恐れて動かないことは簡単で。

その結果、動き出してうまくいかない人を見て「あー、私は動かなくて正解だった」ってその時は思うかもしれないけど。むしろ、その動き出した人を見て失敗を祈っている場合もあるかもしれないけど。

一時的にはいいかもしれないんだけど、なんかわからないけどそれって結局死ぬ瞬間に「あの時動かなかったのは失敗だったな」って思いそうで。

私はその方が怖いんですよね。

もし動き出しておけば、死ぬまでは失敗をリカバリできるじゃないですか。
動き出して失敗ばっかりだったとしても成功へのリカバリができるんですよね。

私は何か決断をしないといけない時には、こんなことを自分に聞きます。

「明日死ぬとしたら私が後悔しない道はなにか?」

なんかこんなことを聞くと、いろいろなものを超越して考えることができる気がします。
まぁ、そのいろいろなものってほとんどはお金なんですけどね。

でも、死ぬ瞬間を想像したら、お金なんていくらあっても仕方ないわけで。
自分にとって本当に大切なものは目に見えるものではないわけで。

だから、長々と書いてしまいましたが私はこう成功をこう結論付けました。

”成功とは後悔しない選択のこと”

自分道カフェ、やっぱり面白いなぁ。

 

なんかその場ではあんまり結論がでることってないんだけど、それにダラダラと話してしまうこともなきにしもあらずなんだけど。

でも、新しい気付きや考えるきっかけをもらえる不思議な場所。
そんな簡単なワードに対する自分の価値観を送受信できる場所。

今回も面白かったです。
ありがとうございました。

むさし